1980 − 1987

 

 

1980年~ ' 81年

東京、水道橋にあった「東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)」に入学。最初の授業で「フィルムの入れ方を教えま〜す」と言われ、「そんなこと知ってるよ」と思ったのがまずかった。たいして学びもせず、南の島(与論島)で風景を撮りながらライブハウスでアルバイトをしたのが一番楽しかった想い出。

 

1982年~ '87年

㈱ 東急の仕事が中心の撮影スタジオに人生で一度だけの「就職」をする。カメラマンアシスタント、給料5万円。趣味の写真と稼ぐ写真の違いを嫌というほど思い知る。あまりの辛さに会社の暗室でプリントをしながらむせび泣く。1年で辞めて撮影ができる写真事務所に入るが、力のない自分の写真を自覚してまた1年で辞める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一から出直しだ!と心新たに広告写真家、野村進に師事。広告写真、特にスタジオワークに優れた人であった。徹底的にこの世界の写真を学ばせてもらう。独立するまでの4年と半年、修業時代のはじまり。「いいものを見よ、いい人に会え、いい物を使え」と言われ、地を這うような4年半を過ごす。'87年、26歳の時に「2週間だけ休ませて下さい」と突然中国へ一人旅の撮影旅行に出かける。シルクロードの起点、西安を目的地に6都市を撮影する。2週間のつもりがいつの間にか2ヶ月になり、予定の狂った師匠が忙しさのあまり倒れて入院した事を帰国後に知って申し訳ない気持ちになる。この時期、写真の他に酒とゴルフも丁寧に教えて頂く。

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